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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)2194号 判決

控訴人

ヤマハ株式会社

右代表者代表取締役

川上浩

右訴訟代理人弁護士

青木一男

関根修一

田中成志

被控訴人

破産者株式会社日本蓄針破産管財人

奥野善彦

右訴訟代理人弁護士

野村茂樹

滝久男

山中尚邦

井上由理

主文

原判決中控訴人の次項の請求を棄却した部分を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し、債権者・控訴人、債務者・被控訴人間の東京地方裁判所八王子支部昭和六〇年(執ハ)第一一七号事件において同支部執行官の保管とされた別紙物件目録(1)番号4 ヤマハソプラノリコーダーYRS―二八Bのうち一〇〇本(ただし、九三一と記載された荷札の貼付された梱包箱に収納されたもの)、同目録番号6 ヤマハアルトリコーダーYRA―二八Bのうち二五〇本(ただし、四七一と記載された各荷札の貼付された梱包箱(五ケース)に収納されたもの)及び同目録番号10 ヤマハハーモニカSS二二〇のうち一〇〇本(ただし、六五一と記載された荷札の貼付された梱包箱に収納されたもの)にかかる控訴人からの動産売買先取特権に基づく競売申立につき、右各物件に対する差押えを承諾せよ。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。(第一次請求)被控訴人は、控訴人に対し、債権者・控訴人、債務者・被控訴人間の東京地方裁判所八王子支部昭和六〇年(執ハ)第一一七号事件において同支部執行官の保管とされた別紙物件目録(1)及び(2)記載の物件にかかる控訴人からの動産売買先取特権に基づく競売申立につき、同物件に対する差押えを承諾せよ。(第二次請求)被控訴人は、控訴人に対し、前記仮処分執行事件において前記執行官の保管とされた別紙物件目録(1)及び(2)記載の物件を引き渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに第二次請求につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一請求原因事実のうち、以下の事実は、当事者間に争いがない。

1  控訴人が破産者株式会社日本蓄針(以下「日本蓄針」という。)に対し昭和五九年一一月一日から昭和六〇年二月一四日までの間に原判決別表記載の楽器等の商品を売り渡し(以下「本件売買」という。)、これを同表納入日欄記載の各日にそれぞれ引き渡したこと

2  日本蓄針は、右各代金の支払いをしないまま、昭和六〇年二月一五日東京地方裁判所において破産宣告を受け、被控訴人が破産管財人に選任されたこと

3  被控訴人は、控訴人の提起した本件動産売買先取特権差押承諾等請求訴訟を本案訴訟とし、控訴人を債権者、被控訴人を債務者とする仮処分決定(東京高等裁判所昭和六〇年(ラ)第一四一号同年五月一六日決定)に基づく仮処分執行事件(東京地方裁判所八王子支部昭和六〇年(執ハ)第一一七号)において同年五月二一日同支部執行官の保管とされた別紙物件目録(1)及び(2)記載の楽器等の商品(以下「本件物件」という。)を占有していること

二そこで、まず、動産売買の売主が控訴人の主張するように動産売買先取特権に基づき買主に対し先取特権の目的物につき引渡請求権ないし差押承諾請求権を有するか否かについて判断する。

1  動産売買先取特権は、売主が代金債権を確保するために売買の目的物から他の債権者に優先してその代金債権の弁済を受けることのできる法定の担保物権である(民法三一一条六号、三二二条)。そして、動産売買の売主が自己の代金債権の優先弁済を受けるために、動産売買先取特権の実行として競売を開始するには、債権者(売主)が執行官に対して動産を提出し、又はその占有者が差押えを承諾することを証する文書を提出することが必要とされている(民事執行法一九〇条)。

2 ところで、動産売買先取特権は、動産の売買によって当然に発生する担保物権であって、公示方法に欠け、先取特権者において目的物の価値を担保の目的の範囲内で把握し、その物の競売代金から優先弁済を受けうるものの、目的物を直接支配しこれを占有しうべき権利を有しない。また、先取特権にはいわゆる追及効もないから、先取特権者は、債務者(買主)による目的物の譲渡・引渡しを阻止する権利を有するものではなく、目的物が債務者によって第三者に譲渡され、その引渡しがなされたときは、先取特権の効力はもはや目的物に及ばなくなる(民法三三三条)。

かように、動産売買先取特権の目的物に対する支配力は実体法上極めて限定されたものであることに加えて、民事執行法においても担保権の実行としての動産競売を開始するに際して目的物の占有を債務者から強制的に取り上げるような建前が採られていない(同法一九〇条)ことを併せ考えるならば、いかに担保権実行のためとはいえ、先取特権者に目的物の引渡請求権まで認めるのは余りにも過大な効力を認めるものといわざるをえず、したがって、動産売買先取特権者は債務者に対して目的物の引渡しを請求する権利を有しないと解するのが相当である。

3  そこで、動産売買先取特権者の債務者に対する差押承諾請求権について考えるに、動産売買先取特権者に目的物の引渡請求権の認められないことは、前記のとおりであるけれども、右先取特権者が目的物の差押えに対する債務者の任意の承諾をえられなければ、その権利実現の方途が閉ざされてしまうのか否かは、これとは別個に考察されなければならない。

思うに、動産売買先取特権が担保物権としての地位を与えられ、その権利行使の方法として競売が認められている以上、その権利行使の可否を債務者の意思にかからしめ債務者の任意の承諾がなければ競売をなしえないとすることは、担保物権の性質に反し、かつ被担保債権につき優先弁済権を認められた先取特権者の地位を有名無実のものとし実質上これを否定するにも等しく相当でないといわなければならない。

確かに、動産売買先取特権者の債務者に対する差押承諾請求権については、実体法上これを認める明文の規定があるわけではなく、また、担保権の実行としての動産競売の要件に関する民事執行法一九〇条の規定も、先取特権者(債権者)が目的物又はその占有者の差押承諾証明文書を提出したときに限り、競売を開始する旨定めていて、動産売買先取特権者の債務者に対する差押承諾請求権の存否については直接触れるところがない。

しかしながら、実体法上認められた権利が手続法規のためにその権利実現の方途を閉ざされることは、本来実体法上の権利実現の手段たるべき手続法規の本質に鑑み一種の背理たるを免れず、かような事態は、法令の解釈に当たっても、それが他法令との整合性ないしは当事者間の公平に反しない限りできるだけこれを回避するよう工夫を施すことは法令の解釈適用上合理的なものとして是認されるべきである。したがって、動産売買先取特権に競売権が認められている以上、法令上差押承諾請求権を認めた明文の規定がないからといって直ちに右請求権の存在を否定し去ることは上記説示の趣旨に反するといわなければならない。また、民事執行法一九〇条の規定は、債権者が目的物又は差押承諾証明文書を提出しうる場合に即して規定したものであって、先取特権の実体法上の効力まで制限するものではないと解すべきであるから、本件のように目的物の占有者が差押えを任意に承諾しない場合に、動産売買先取特権者の権利行使を一切許さない趣旨を含むものとは解されない。

右のとおりであるのみならず、債務者が目的物を所有し、現にこれを占有している場合には、債務者は原則として動産売買先取特権者の権利行使を阻むべき何らの正当な理由はないというべきであるから、その権利行使すなわち動産競売にかかる目的物の差押えを承諾する義務があるといわなければならない。したがって、債務者が既に債権者に対し売買代金の弁済の提供をしたときその他債務者において差押えを拒否する正当な理由がある場合は格別、そうでない限り債権者は動産売買先取特権者として債務者に対し差押承諾請求権を有すると解するのが相当である。

そして、債務者が任意に差押えを承諾する文書を交付しない場合には、動産売買先取特権者は、売買の目的物を占有している債務者に対し目的物につき差押承諾の意思表示を訴求し、差押承諾を命ずる判決を得て、これを民事執行法一九〇条所定の「差押えを承諾することを証する文書」として提出して動産競売の申立てをすることができるというべきである。また、動産売買先取特権者が債務者に対し目的物の差押承諾を訴求している間に目的物が第三者に譲渡され引き渡されると先取特権の効力は目的物に及ばなくなるから、目的物が処分されるおそれのある場合には、動産売買先取特権者は、債務者に対し差押承諾請求権を被保全権利として目的物につき執行官保管の仮処分を求めることができるものと解するのが相当である。

4 以上のことは、債務者について破産手続が開始された場合(破産手続における動産売買先取特権の実行は別除権の行使としてなされる。)の破産管財人に対する関係においても同様に考えるべきである。

なお、以上のように解するときは、債務者について破産手続が開始された場合、一般債権者に対する配当に充てられる予定の責任財産(動産)が何らの公示方法を伴わずに減少してしまうのみならず、破産管財人の事務量の増大を来たし破産手続の遅滞を招くなどの不都合が生ずることは否定しえない。しかし、反面、債務者の任意の承諾がない限り先取特権者は競売の申立てをなしえないとするならば、約定担保権を有しない動産売買の売主が先取特権による優先弁済権を認められながら債権回収の唯一の方法である動産売買先取特権の権利実現(別除権の行使)の手段を奪われ、買主(債務者)が目的物を処分するのを拱手傍観しなければならないことになるが、右のような事態の生ずることは、先取特権制度の存在意義を失わせるものであるといわざるをえない。したがって、破産手続上種々の不都合が生ずるであろうこと(なお、破産管財人は、別除権者が自ら権利行使をしないときは、破産法二〇三条の規定に従い、民事執行法その他強制執行の手続に関する法令の規定により別除権の目的財産を換価することができるから、これにより破産手続の遅滞を緩和することができる。)を考慮しても、なお動産売買先取特権者に債務者に対する差押承諾請求権を認めるのが相当であると解さざるをえないのである。

三次に、動産売買先取特権は、売買の目的物たる特定動産の上に生じる法定担保物権であるから(民法三一一条、三二二条)、動産売買先取特権の目的物は、当該売買の対象物件として他のものと識別できる程度に特定されていることを要するというべきである。

控訴人は、本件売買のような不特定物(種類物)の売買の場合には、動産売買先取特権の目的物は、同種類の商品であればたり、物件の個々の同一性(特定)の有無の判断は不要である旨主張するけれども、不特定物(種類物)の売買においても給付の目的物は遅くともその引渡の提供がなされるときまでには特定されるから、控訴人主張のように不特定物(種類物)の売買であるからといって物件の特定を要しないと解することはできない。

そこで、以下、本件物件が本件売買の対象物件すなわち本件動産売買先取特権の目的物であるか否かについて検討する。

〈証拠〉によれば、本件物件のうち、別紙物件目録(1)番号4のヤマハソプラノリコーダーYRS―二八Bのうち一〇〇本(ただし、伝票番号の下三桁の数字であると認められる九三一と記載された荷札の貼付された梱包箱に収納されたもの)は昭和五八年一一月一七日製造され、昭和五九年一二月二〇日日本蓄針に納入されたものであること、同目録番号6のヤマハアルトリコーダーYRA―二八Bのうち二五〇本(ただし、伝票番号の下三桁の数字であると認められる四七一と記載された各荷札の貼付された梱包箱(五ケース)に収納されたもの)は昭和五九年一一月七日製造され、同年一二月二七日同社に納入されたものであること及び同目録番号10のヤマハハーモニカSS二二〇のうち一〇〇本(ただし、伝票番号の下三桁の数字であると認められる六五一と記載された荷札の貼付された梱包箱に収納されたもの)は昭和五九年八月四日製造され、同年一二月二七日同社に納入されたものであること並びにこれらの物件は、いずれも本件売買の期間(昭和五九年一一月一日から昭和六〇年二月一四日まで)内に売買が成立し、かつその納入期間内に納入されたものであることが認められる。したがって、これらの物件は、本件売買の対象物件であり本件動産売買先取特権の目的物であるということができる。

しかし、前掲各証拠によると、本件物件のうちその余の物件は、本件売買の開始前に製造されたものであるところ、梱包箱に出荷案内書や荷札が貼付されておらず、その納入年月日が明らかでないこと、これらの物件の中には日本蓄針が破産宣告を受けた後に同会社の地方の営業所から本社へ転送された商品が混入しており、また、商品の種類によっては前記仮処分の目的物とされたものの数より多く存在する物があること、更に、その中には型式が旧モデル用であって本件売買の期間には通常販売されていなかった商品があるのみならず、商品自体にへこみや試用の際生じた歯形傷があったり、ケースに汚れや変色があり商品の外装状態に陳腐化のみられるものすら一部混在していて、本件売買の期間の始まる前に納入された(この分の代金は支払済みであり、動産売買先取特権は消滅している。)可能性のある商品が相当数含まれていることが認められる。してみれば、これらの物件が本件売買の対象物件、すなわち本件動産売買先取特権の目的物であるとして他のものと識別できる程度に特定されているものと認めることはできない。

四以上の事実によれば、日本蓄針は本件売買代金の支払いをしないまま破産宣告を受けたものであり、被控訴人において本件物件の差押えを拒否すべき正当な理由が存しないことは明らかであるから、控訴人は本件物件のうち前認定のとおりその特定がなされていると認められる主文第二項掲記の物件について動産売買の先取特権を取得したものであり、被控訴人に対し右物件の差押えの承諾を求める権利を有するものということができるが、その余の物件についてはその特定がなされていないため右の権利を有しないといわなければならない。

そして、控訴人が動産売買先取特権に基づき被控訴人に対し右物件につき引渡請求権を有しないことは、さきに述べたとおりである。

五したがって、原判決中前掲各物件につき控訴人の差押承諾請求(第一次請求)を棄却した部分は取消しを免れず、本件控訴のうちその取消しを求める部分は理由があるが、その余の物件につき控訴人の差押承諾請求(第一次請求)及び引渡請求(第二次請求)を棄却した部分は相当であって、本件控訴のうちその取消しを求める部分は理由がない。

よって、原判決中前掲各物件につき控訴人の差押承諾請求を棄却した部分を取り消して、控訴人の右請求を認容し、控訴人のその余の控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松岡登 裁判官牧山市治 裁判官小野剛)

物件目録(1)

番号

物品名

数量

1

ヤマハ

ピアニカ

P-25E

12

2

P-37C

2

3

ソプラノリコーダー

YRS-27

1043

4

YRS-28B

234

5

YRS-302B

100

6

アルトリコーダー

YRA-28B

397

7

YRA-38B

122

8

ハーモニカ

NO. 15M

300

9

NO. 15T

411

10

SS220

351

11

卓上木琴

NO. 180

5

12

NO. 185

1

物件目録(2)

番号

物品名

数量

1

ヤマハ

エレキギター弦

H1024

144

2

H1025

240

3

H1026

120

4

H1061

49

5

H1062

54

6

H1063

264

7

H1064

198

8

H1065

121

9

H1066

491

10

フォークギター弦

FS511

37

11

FS512

41

12

FS513

39

13

FS514

44

14

FS515

6

15

FS516

4

16

FS521

102

17

FS522

161

18

FS523

16

19

FS524

150

20

FS525

67

21

ヤマハ

フォークギター弦

FS526

7

22

ナイロン弦

NS111

121

23

NS112

254

24

NS113

25

25

NS114

32

26

NS115

105

27

NS116

135

28

ピアニカ

卓奏用パイプ

P-32C用

50

29

P-25E用

9

30

フキグチ

P-32C用

235

31

ユニコン

37

32

14

33

ヤマハ

ラッカーポリッシュ シン

14

34

パルプオイル シン

51

35

スライドクリーム シン

9

36

ポアオイル シン

12

37

コルクグリス シン

48

38

クリーニングブラシ

2

39

フレキシブルクリーナー

12

40

スライドグリス 硬質

36

41

デンゲンアダプター

PA-1

2

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